憧れのルート66(ROUTE66)

アメリカのマーザーロードと呼ばれる国道66号線。通称ルート66(ROUTE66)!!イリノイ州シカゴとカリフォルニア州サンタモニカを結ぶ全長2,347マイル(3,755km)のこの国道は1985年に廃線。。。

スポンサーサイト

--.--.--

category : スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

ルート66(ROUTE66)のお話

2009.10.01

category : ルート66 雑記

ルート66(ROUTE66)のお話

かつてルート66はアメリカ全土の半部以上を横切っていました。ほぼ半世紀の間、ルート66は主要な商用高速道路、そして西海岸への主要な観光幹線道路でした。それらの年月の間に、ルート66はいまだに愛情を込めて記憶されるある神話的特徴を得ました。その栄光の日々は今では色あせ、そしてほとんどのこの古い高速道路は消滅しました;しかし、この道路の懐旧的魅力は今もなお生き続けています。

かつて西海岸はとても孤立していました

20世紀以前は、アメリカ西海岸は山脈、砂漠、さらに不毛の土地という大きな障壁によって東海岸と中西部からとても孤立していました。1867年に大陸横断鉄道が完成するまでは、車で国内横断旅行を試みるより、海を船で南アメリカの先端を回る方が西海岸に行くには早くそして簡単でした。

20世紀初めは、まだ一海岸側から反対海岸側へドライブするのは難しく、そして常に危険が伴いました。舗装された高速道路は、ロッキー山脈の山中または南部砂漠地帯の端でしばしば終わりました。さらにその先旅行を続けるには、道路交通表示の少ない未舗装の道を行き、それどころかダートトラックも必要でした。その道路の旅の途中には、設備あるいは旅行観光場所はほとんどありませんでした。

ルート66はロサンジェルスとシカゴを結びました

オクラホマ州とイリノイ州出身の数人のビジネスマンが、アメリカには東海岸と西海岸を結ぶ大陸内高速道路が必要だと決心しました。当然、その高速道は彼らの故郷イリノイ州スプリングフィールド(Springfield)とオクラホマ州オクラホマシティ(Oklahoma City)を通過するべきだと考えました。1926年までには、彼らはこのような道路の戦略的事業価値をアメリカ政府に説得し、そしてついに建設が開始されました。この道路が完全に舗装されるには1938年までかかりました。彼らはこの道路をルート66と呼びました。

ルート66は、ミシシッピ川(Mississippi River)の巨大な中西部農業用盆地の北部一番端にある大都市中心部、イリノイ州シカゴ(Chicago)のミシガン湖(Lake Michigan)の岸に沿って始まりました。シカゴはすでに東海岸の大都市と便利に接続していました。そこからこのルート66は、イリノイ州、ミズーリ州そしてカンザス州の端を横切り南へ向かいました。最終的にカルフォルニア州へ入る前に、オクラホマ州で西に曲がり、テキサス州北部、ニューメキシコ州、そしてアリゾナ州を通り細長く横断しました。ルート66はロサンジェルスのサンタモニカ(Santa Monica)海岸で終わりました。

ルート66は全長約2,400マイル(約4,000キロ)でした。この道路は、イリノイ州スプリングフィールド、ミズーリ州セントルイス(St. Louis)、オクラホマシティ、テキサス州アマリロ(Amarillo)、ニューメキシコ州アルバカーキ(Albuquerque)、そしてアリゾナ州フラッグスタッフ(Flagstaff)などの中西部と南西部の多数の主要都市を結んでいました。そして途中の多数の小さな町や村も通過しました。

ルート66は東海岸から西海岸への人気のある高速道路になりました

ルート66はすぐに東と西の通路として観光客と商業用トラック運転者に人気が出ました。この道路はロッキー山脈の高い山道を通過し、そして一年中通行できる南ルートに続きました。

この道路に沿った地域の居住者はすぐに、絶え間ない流れの自動車運運転者の旅にはガソリン、食事、宿泊施設、そして娯楽が必要だと気づきました。数千のガソリン・スタンド、レストラン、カフェ、バー、食料品店、さらに観光スポットがこの道路に沿って建設されました。ルート66は、“モータリスト・ホテル”やモーテルの人気を促進しました。道路沿いの観光スポットには、お土産店、インディアン民芸品のお土産店、風景を観察する場所、動物園、博物館、史跡と地質学的な現象の展示がありました。通過する自動車運転者の目を引くような大きなインディアンのテント、巨大なカーボーイの彫刻、さらにその他のおかしな形の物をルート66沿いによく見かけました。

1930年代を通して大きな経済不況がアメリカを支配した時、干ばつがアメリカ中西部の農業地帯を急に襲いました。オクラホマ州、カンザス州、そしてミズーリ州の農作物は全滅し、さらに干からびた土地は砂埃と変わりました。ミシシッピ盆地は“黄塵地帯(dust bowl)”と知られるようになりました。何十万もの農民が経済破産の中で家を失い、彼らは自動車やトラックに自分達の少ない所有物を詰め込み、そして職を探して西へ向かいました。彼らは、彼らの出身州から取りよく“オーキーズ(Oakies)”と呼ばれました。ルート66沿いの多くの町は、貧しいホームレスの旅行者が無料で自分の車の中で寝泊りできるようにキャンプ場またはモーターキャンプ場を作りました。ルート66は、カルフォルニアの無限の光、豊富な収穫、そして有給の仕事の約束された土地へ通じる道となりました。アメリカ人作家ジョン・スタインベック(John Steinbeck)は、彼の小説“怒りの葡萄(The Grapes of Wrath)”の中で、“母なる道(the mother road)”と呼ばれたルート66のこの移住について書きました。

ボビー・ツロープが“ルート66で行こう”と書きました

第二次世界大戦中、数百万もの若い男性と女性がヨーロッパまたは太平洋の戦地に送られた時、そして彼らが家に帰ってきた時に、ルート66経由でアメリカを横断しました。その旅行者の一人に元トミー・ドーシーバンド(Tommy Dorsey Band)のドラマーでそして元海軍大佐のボビー・ツロープ(Bobby Troup)がいました。彼は、今でもとても有名な歌“ルート66で行こう(Get your kicks on route 66)”を作詞しました。1960年代、この歌は“ルート66”という名前でとても人気のあったテレビ番組の主題歌となりました。母なる道路は長年にわたり多くの映画さらにテレビ番組で放映され、アメリカの歴史と文化におけるその位置を得ました。

不運にも、その母なる道は開発の犠牲にあいました。1950年代中ごろから、もっと大きく、直線で 、そしてもっと速い超高速道路さらに州高速道路へと古いルート66の区間を置換え始めました。1984年10月までに、新しい州間高速道路44が、アリゾナ州ウィリアムズ近辺の最後に残っていたルート66の区間を置換えました。今日では、旧母なる道路の面影だけが残っています。今でもこの旧高速道路の小さい区間を、この高速道路のオリジナルルート沿いで見つけることが出来ます。多くの中西部と南西部の小さな町の大通りでは、“歴史的なルート66”の看板を誇らしげに掲げています。

この高速道路は開発の被害にあいました

この旧高速道路の手をつけていない最長区間は、アリゾナ州西部とカルフォルニア州東部で見つけることがでるでしょう。100マイルに直線に延びるルート66はアリゾナ州セリグマン(Seligman)から北西に曲がり、ピーチスプリング(Peach Springs)のハバスピアインディアン居住区(Havasupai Indian Reservation)を通過し、その後アリゾナ州キングマン(Kingman)へと南西に向きを変えます。キングマンの西へ90マイル(約144キロ)行ったところにある別の100マイルに直線に延びるルート66は州高速40の南側を、とても小さな孤立した村カリフォルニア州アンボイ(Amboy)を通りさらにモハビ砂漠(Mojave desert)を曲がって通り抜け、ラドロウ(Ludlow)で再び新高速道路に合流します。旧母なる道路の特徴の例を見てみたいと思ったら、この地域を訪れる事をお勧めします。ウィリアムズ、セリグマン、ピーチスプリングの町、さらにキングマンの小さな町は、旧道路沿いにいくつかの昔懐かしいアトラクションを保存したり、復旧したりしています。今までもこの旧高速道路沿いに、廃棄された観光客用宿泊施設、さらにアトラクションを見ることが出来ます。

もし、シカゴからロサンジェルスへルート66のオリジナルルートに沿って旅行をしたいと思うなら、ルート66について詳しく書かれたガイドブックを購入することをお勧めします。今では、2400マイル(約3840キロ)におよぶルート66のオリジナルルートを見つけるのは難しいです。この旧道路の小さな区間を探している間に、新しい州間高速道路を走っていたり、新しい州間高速道路を降りていたりしていることに自分で気づくでしょう。

注:ルート66のオリジナルルートの100マイル区間が、オクラホマ州タルサ(Tulsa)とオクラホマシティ(Oklahoma City)の間に存在しているという報告がありました。最新の高速道路ターナー・ターンパイク(Turner Turnpike)が平行して走っていますが、旧母なる道路はまだ存在しています。

現存するルート66の最長区間はアリゾナ州とカルフォルニア州にあります

私はルート66の探検は、アリゾナ州フラッグスタッフとロサンジェルス間に伸びる区間に限定することをお勧めします。この区間のルート66に沿って旧道路が最大に残り、近辺に数多く他のアトラクションがあります。グランドキャニオン(Grand Canyon)、セドナ(Sedona)、ボウルダーダム(Boulder Dam)、ラスベガス、バーストウ(Barstow)、そしてモハビ砂漠(Mojave Desert)はすべて旧ルート66の近くです。もし優雅に旅行をしたいとお考えでしたら、ラスベガスでシボレー・コルベットまたはハーレーダビッドソンをレンタルし、キングスマンへとドライブし、この旧母なる道路をゆっくり走行してみるのはいががですか。

原作筆者: Mike Leco
訳: Yoko Sugiyama

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

PrevEntry |  to Blog Top  | NextEntry
アメリカ関連サイト
ルート66検索エンジン
カスタム検索
アメリカ関連サイト
ルート66DVD
ユーザータグ
あわせて読みたい

あわせて読みたいブログパーツ

最新コメント
最新トラックバック
ルート66RSS
ルート66ページランク

ブログランキング
ルート66QRコード
QRコード
ルート66キーワード
  • seo

Copyright ©憧れのルート66(ROUTE66). Powered by FC2 Blog. Template by eriraha. Photo by sozai-free 2000px.

FC2Ad

まとめ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。